10. 赤ちゃんの外表奇形・母として感じたこと

10. 赤ちゃんの外表奇形・母として感じたこと

これは私の経験談です。続き物になっています。

大きな病院での受診

神奈川県立こども病院の内科から耳鼻科、形成外科と紹介された。

内科があるだけでもいいのだが、赤ちゃんの発育は常にトータルで相談していきたいものだ。
耳鼻科は耳鼻科の相談だけ。形成は形成だけ。で、ちょっとでも違う部分の話になると、
「それは担当外ですから~の科で聞いてください」と言われるのがどうももどかしかった。
違う科受診となるとそこで何カ月か先の予約をとってまた何時間も待って、、、の診察になるというのに。

今はすっかり立て替えられて設備も整った立派な病院になったが、昔は子供のプレイスペースの一角に小さなカーテンで仕切られた「授乳室」があってよくお世話になった。
そこで中の椅子に座って、おっぱいをあげたのだが、背もたれもない非常に簡単な丸椅子で、何十分もかかる授乳でもたれることができず、リラックスできなくて疲れてしまった。

総合受付の「患者さんのご意見」の箱があったので
「授乳室の椅子を何とかしてほしい。せめて背もたれのあるものに。あれでは疲れてしまう」というようなことを書いたら、次の診察の時はいいソファーのような椅子に変わっていた。
御意見箱にご意見してよかったなあと思った。

5才児が怖い

画像2

息子が3-4ヶ月にもなった頃、風が吹いたときに何とも言えない笑顔でケラケラ笑っていたのがすごくかわいかった。

まるで天使のようだなーと思った。

家の中でこもるよりも外の空気や風と戯れたくてよくA型のベビーカーに乗せて散歩した。

毎日見慣れているせいか顔に奇形があることを全然気にしないで毎日を過ごしていて、散歩や買い物も普通の赤ちゃんと同じく楽しんだ。

買い物などで初めての人と話する時、
当然のようにお互い赤ちゃんを見て話することになるのだが
「ああ。この子ねえ。ここ(鼻)こんなんなってるけどもうちょっとしたら手術する予定で~。。」
が枕詞になってしまった。

相手の表情が変わるのが嫌で、突っ込まれる前に言いたかった。

 

それでも大人は気を遣うのか大抵悪いようなことはまず言わない。

一番怖いのは5-6歳くらいの子供だった。

ベビーカーの前に立って穴があくほど「じーーーーー」っと息子の顔を見る。
「じーーっ」と見た後なにも言わないで去っていくのがほとんどだったが、母親のそばへ駆け寄って指を指して息子の事を言っているのが見えた時が嫌だった。何を言っているのか察せた。

私たちの話ではないが友人の話でもっと重症なお顔の奇形の子がいて、買い物の時か何かの時にやはり5-6歳の子がじーーと見た後、「おばけ」といって走って逃げたという。

初めて見る人、これまで見たこともない人を目にした時、5-6歳の子供にとっては自然な反応なのかもしれない。(おばけは行き過ぎだが)
頭ではわかるけど相手が子供だからこそ「なにこのくそガキ」と内心は思っていても何とも言えない。
はけ口のやり場がない。

それ以下の子供はまずそういうこともなかったし、それ以上の年齢の子も「これは失礼にあたるのかも」と子供なりに気を遣うのか、あまり言ってこなかった。

やはり5-6歳である。さらにベビーカーの赤ちゃんの顔はその時期の子供の視野にバッチリ入る。

話が少し飛ぶが下の子(妹)が5歳の時、保育園で近くの公園に集団で遠足に来た時際、
息子がたまたま学校をやすんでたか何かでその公園へ一緒に遊びに行った時の話。

その時は顔の手術をしてもう何年か経っていたのでその事ではないと思うが、耳についている補聴器と、発声や全体的の感じがその女の子にとって息子が「これまでに見たことない子」だったのだろう、その女の子がわざわざうちの下の子を呼び出して「ねえ、お兄ちゃん、なんか変じゃない??」と話しているところをたまたま見た。(しかもビデオに写ってる!)

「うーーーん!?ちらない!(知らない)」と下の子は逃げていたが。。。

その時にもなると、こちらもそういったことに慣れっこになっていて私の方から落ち着いて説明することができた。

「ふうん。そうなんだね。」

純粋な返事が返ってくる。5-6歳の子に悪意などないのだ。説明すればちゃんとわかってくれる。

当の本人も小学生ぐらいの時、別の障害のある子を見て同じような反応をしたことがあった。

ベビーカーで買い物してた時のよその子の反応も、例えば息子が二番目に生まれていて「子供とはそういうもの」という認識をが私自身持っていたらまた違っていたに違いない。

「これまで周りにいなかった障害のある人を初めて見た時」というのは、その時に大人がきっちりと「世の中にはいろんな人がいる」ことと、またそういった時にどういう対応をするといいのか。を教育するいいチャンスだと思う。

余談だけど。。
成人してからの本人(息子)はどういうわけかこのくらいの子供によくウケてよくモテる。
(きゃー変わった面白いお兄ちゃん!みたいな感じで。)

赤ちゃんの顔の奇形・形成外科の受診

顔の奇形のことで生後5か月の時初めて形成外科を受診した。

形成外科の待ち時間は3時間がざらだった。
待合の椅子に座って見渡すと本当にいろんな赤ちゃんがいた。

みつくちの赤ちゃんが一番多かった。「鼻の下が割れている」状態で生まれた赤ちゃんである。

上あごのない状態で生まれた赤ちゃんも結構多く、その場合はミルクが飲めないので早い目に手術をするという。

隣の赤ちゃんのおくるみからはみ出した足の指は6本あったし、ちょっとショッキングだったのは頬骨の片方がなく、顔の半分がガバっと開いてしまっている赤ちゃんもいた。

「口唇口蓋裂の会」のパンフが置いてあった。同じ障害をもつ親同士の交流はとても大切なものだと思う。

皆、当然のように健康で何の障害のない赤ちゃんを望んで出産したが、生まれた子に障害が見つかりその流れでここにいる。私も同じだ。

妊娠初期の段階で脊髄から出来ていった人の体は 真ん中で通常は自然に閉じるものなのだが、なんらかの影響で上あごや鼻の部分が閉じない状態で誕生した場合口唇口蓋裂となるようだ。

「妊娠7-8週目に何かありましたか?」と医師から聞かれた。

たしかに切迫流産しかかったけど、、真相はわからない。

待ち時間、私の目の前を両手のない女の子が楽しそうに走って行った。
他の子と追いかけっこをしていて、別段普通の女の子と変わらない。

こちらから見ると「手のない子」とどうしても思ってしまうが
彼女にとってはこの世に生を受けた時からそうなのであり、「この世はそういうもの」として(幼いうちは)今まで時間が経過しているものだと思う。

最初生まれた時に「あった」ものが事故や病気で「なくした」わけではないから。

赤ちゃんの頃は幸も不幸もない真っ白な状態なわけだが
自らの障害の事をどうとらえていくか?の心の部分に関しての意識については、
結局周りがつくっているものなんだよなあ。と改めて思う。

すごくざっくりとした言い方かもしれないが、障害のあることで本人が悩み始めるのは学童期以降であるだろうからそれまでの根っこにあたる幼児期までの時期は何よりも楽しく明るく天真爛漫に育てるのが一番だと思う。
理想論かもしれないけど。

ちょっと横道にそれるが、
障害の詳細というのは当事者から聞かないともちろん分からないことだけど
一見同じような障害を持つ人でも「障害を(先天的に)持って生まれた人」と「健常で生まれたのにもかかわらず病気か何かで障害を負ってしまった人」は全く違う。

また後者の場合当然その時期にもよると思う。
障害を負ったのがなにもわからない赤ちゃんの時なのか子供の時なのか、思春期なのか。成人してからなのか・・・

↑こう書くと当たり前のように思われるかもしれないけど。。一般的に障害の種類によってひとまとめにくくられて扱われることって結構多い。

聴覚障害に関しては
先天的に聴こえない子と、
生まれた時は聴こえていて、ある程度母国語を聴いていた上で病気か何かで聴覚障害児となった子
とでは言葉を習得していくという点では明らかに違うものがある。

障害を持つ人はひとりひとり事情も違うのでその人に対するサポートもそれぞれ違ってくるのが当然だと思う。

形成外科の話に戻るが、わが子の場合は鼻の奇形だったけれど病名としては「口唇口蓋裂」とされた。手術は10カ月の時にしましょうという事に決まった。

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