18. ことばはどうやって身につくか・聴覚障害児の子育て

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生まれつき耳の聴こえない子供がどうやって「ことば」を身につけたか。

例えば「りんご」という言葉なら
「えーりんごの絵を指して「りんご」って教えればいいじゃん」これ、よく言われた。

でも深く想像してみてほしい。

例えば私達日本人が母国語である日本語を習得した後に英語や他の言語を習得していく時はそれでいいと思う。

その絵が表現していることが「りんご」ということが伝わるからだ。

生まれつき聴こえない赤ちゃんに、りんごへの概念がない状態でそのカードを目の前に見せてもそれは全く意味のないことである。

赤ちゃんが一番初めに話す言葉

赤ちゃんは生まれた時から(お腹にいる時から)お母さんや周りの声をよく聞いている。

そして、何度も繰り返される毎日の生活の中の一こま、赤ちゃん自身の「要求」や「経験」赤ちゃんにかけられた「言葉」が結びついたとき、初めてその子の「言葉」となり使えるようになっていく。

まだ話し始めるまでの2歳くらいまでは「習得されている言葉」は聞き溜めの状態で、ぽつっとなにかの拍子で話し出す。

ちなみに「赤ちゃんが一番初めに話した言葉」って、周りのお母さんから(聾学校ではなく他関連ではあるが)聞くと、
やはり家の中で最もよく使われていた言葉が多いようである。

オウムと似ているなあと思う。

もっともこの場合は「赤ちゃん自身にかけられた言葉」もそうだろうが「普段一番耳にしていた言葉」というのもその中に入る。

中学の時の友人はタオル工場に嫁いだらしいが、そこの子が一番初めに話し出した言葉は「タオル」だった話はちょっと笑ってしまった。

息子(聴覚障害児)には4歳下の妹がいて彼女は健聴者なのだが一番最初に話した言葉は

「Gちゃ~ん!!!(←息子の名前)」だった。

いかに私が大きな声でいつも息子の事を何度も叫ぶように呼んでいたか。というのを改めて思い知らされた。

子供との経験を絵日記にして会話

個別指導

乳幼児部個別指導での一コマ

「聾」であることが6ヶ月の時判明し、、聴覚口話法の日本聾話学校にお世話になることになった。

聾学校では乳幼児部に所属し、息子に合った最良の補聴器を付け、両親である私達は聾児にどうやって「ことば」を身につけさせていくのかを学び、実践していった。

生活の中で一緒に経験したこと、その中でも彼が興味を示したことを中心に絵日記を描いていく。
絵日記ミシン

 

その絵日記を絵本のようにして子供と繰り返し会話し、先生にも提出、
学校ではその事(絵日記に書かれてある子供の経験)を先生と子供の会話のネタに使う。

絵がうまいとか下手とか全く関係なく、学校からの宿題であって、いわば「コミュニケーションツール」であった。
子供と母(先生)が一体となって子供との経験(楽しいことも嫌だったことも含め)を見える形にしてやり取りする絵日記である。

家でこの絵日記を子供と見ながら何度も話をし、更に同じ内容で子供と先生がやり取りする。。

その繰り返し繰り返しが大切だった。

「言葉」というものは、名詞以外は「感情」「情緒」など心のなかにある概念に記号が乗せたものであり、それを他人と共有し使っていくものだ。

だから幾度かの違うシーンでの経験が必要となってくる。概念が形成されるまで時間もかかる。

さらに先生と親との情報共有ともなった「日記」も提出となった。

先生との日記2

例えば「いちご」という言葉

うちでは誰かの誕生日の時に、ケーキを手作りするのだが、これを息子と一緒によく経験をした。

いちごケーキ絵日記

3歳の時絵日記

 

いちごの絵日記2

4歳の時絵日記

いちご絵日記3

5歳の時絵日記

いちご
食べる時、いつもみんなが幸せそう。
食べたら甘くて僕も幸せになるもの
僕がケーキに載せたきれいな粒々の赤いもの。使ったら(ケーキが)綺麗にみえるもの。

ある時は
お父さんとお母さんとで車でドライブして一緒にとったもの。
白くて甘いもの(練乳)につけたらさらにおいしかったもの。
お父さんもお母さんもおいしそう。
それを取りに行ったのはとても楽しかったこと。

それが息子にとっての「いちご」である。彼にとっての「いちご」という言葉というのは上の経験に「いちご」という記号のようなものがのっかったものだ
(先生の赤ペンの“マー”や“バウバウ”は息子が絵日記で先生とやり取りしているときに出した言葉。)

先天的な聴覚障害児とのやりとりなのでこういう形で表しているが、私たちも経験と言葉の結びつきってこんな感じなのだと思う。
人間なのでそこに感情が結び付く。

余談だが義母は戦時中小さい時にけがをした人を見て以来未だに「いちご」や赤い食べ物が苦手である。

また、「食物アレルギー」の中には(もちろんすべてではないが)過去の負の感情によるものも多いと言う話をこの間聞いた。

息子にとっての「いちご」は上の絵日記のような「楽しい感情」をたくさん含むもののようだが、義母にとってはその逆のようである。

その後、
4歳児の時点で「いちご」と口話で言う事はまだできなかったが、彼自身「いちご」という言葉をよく理解していたようだ。
5歳児の時のいちご狩りの時は、実を言うと彼はいちごそのものにも確かに喜んではいたが、
ハウスの天井につけられた「歯車」が気になっていたようなのでこの時の母と息子、先生と息子との会話には「くるくるまわっていたねー」とかそういったやり取りが中心になった。

ここは何気に大切な事で、大人の頭だと「いちご狩りに行った経験」の場合、子供ととかく「いちご」の話をしなければと思ってしまう。

もちろんきっかけはそうなるのだが、実際にいちご狩り畑に行った時
子供にとってその時関心のあることは必ずしも「いちご」ではないという事がよくある。

ここでは「いちご」の話をしていたが、経験は当然「いちご」を含む他の要素が絡んでくる。
2歳頃の「いちご」の概念は単純なものかもしれない。
年齢を得てくるに従って「いちご」はあらゆるものと関係しているものであり、その関係性に出会っていって彼の中で「いちご」という概念が根付いてくる。

こうして様々な場面、違うシチュエーションでの一つの「いちご」という概念が彼の中に形成されていく。
焦らずに心と心の会話を重ねていかなければならない。

子供は一日一日吸収し、成長していく。
その場所その時の子供の様子をよく観察して会話していくことが大切である。

 

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