12. 障害のある赤ちゃんの育児・周りの声

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これは私の経験談です。続き物になっています。

障害のある赤ちゃんの育児・周りの声

ご近所の方からこんなことを言われた。
「ねえ。純子さんって偉いわね。赤ちゃんに障害がたくさんあるのに明るくしてらして。。。

ぱっと思いつかれたことをおっしゃったのかもしれない。褒めてくださったのかもしれないけど、その時はものすごくひっかかった。
特に「明るくしてらして。。」の部分である。

「偉い」と言われたことにも少し抵抗があった。
子育てはまだ「これから」なのにいったい何が偉いのかなあ。。。と内心思ったりしていた。

たくさんの障害を持って生まれたわが子だけれど、だからと言ってそれがイコール「苦労」とか「不幸」とか「大変」とは思いつかなかった。
最初の子供だったから、比べる対象もいなかったし。

いつも考えている事は毎日負われる赤ちゃんの世話があり、夕飯何にしようかー、今月の支払いいつにいくらだっけ?と普通の赤ちゃんもちの主婦と変わりなかったように思う。

ずっと明るくしているわけでもなければ、ずっと暗い顔をしているわけでもなく、
怒る時もあれば、子供の事で不安になるときももちろんあったし、、、

確かに病院通いも普通の赤ちゃんよりも多いし、
聾だと宣告された時はショックだったし、
背中の事や他のことも心配の種はつきないし、まあ凹むこともあるけれど。。

でも障害の内容も別に命そのものは問題ないわけだし。。。。

そりゃ「大変?」と聞かれれば「まあ、そうね。大変なのかも」と答えたかもしれない。

だからといって不幸とか大変とは思ってない。

後に同じような障害児の集まる学校や施設に行っても、明るい人は明るいし、暗い人はいつも暗いし、、それはどこの世界に行っても同じなんじゃないかなあと思う。子供の障害とは関係のないことだ。

「障害がある子を授かった事」に対して自分が想像している以上に世間はネガティブなイメージでとらえられているものかもしれないと感じた。

何人かの人に同じようなことを言われると、勝手に人から「大変」→「不幸」のレッテルを貼られているような気がして、段々とそういう言葉に敏感になっていった。

別にはっきりと言われたわけではないのに、ちょっとした一言で敏感になってしまった。。。。

離れて住む両親は、「娘が障害がある子を授かった事」に対してやはりずっとネガティブなイメージを持っていた。

もし近くに住んでいれば、違っていたのかもしれない。
手紙などで近況報告してもネガティブなイメージ自体はずっと持ちづつけていた。

昔の人は仕方ないのかもしれない。と時代のせいにすることにした。


話は急に聾学校高等部時代に飛ぶが、PTAで仲良くなったママとランチした時にたまたまそんな話がでた。

関西人の彼女はノリが私と似てて、ゆっくり話せる時間が嬉しかった。

彼女の娘さんは聾に加え顔の奇形もある。幼稚部にいたその時でも顔の奇形はわかる状態だった。知的障害はなく、幼いながらも自分の意見を言う(伝える)非常に明るい女の子であった。

やはり先ほど書いたような私が言われたようなことを彼女も人から言われていた。

「えー?別にーーうちらフツーやんなー!確かにいろいろ障害あるけど、、、それが一体、だから何?」
そんな話で盛り上がってしまった。

そう
「だから何?」の一言に尽きるのだ。

他の子の育児とは確かに違う点は多いのかもしれないけど、「これが私の育児」なのであって、別にそれ以上でもそれ以下でもない。

今になって思うことは
普通の子が当たり前にできることが出来た時、期待していなかった分、喜びが大きかった。

その喜びを得られたことは逆に幸せな事なんじゃないかなとさえ思う。

「大変な私」は幻

最初の育児が彼なので比べる対象もなく、目の前のわが子の世話を淡々と一日一日していくだけであった。

幼児部にも通っていない、いわば赤ちゃんの取り巻く世界が「家庭」だけの時は、そのまんまのわが子を愛せる時期だと思う。

これが幼稚部や小学部、中学部、、、と年齢が進むにつれ「集団の中でのわが子」として子供をとらえた時、どうしても他の子と比べてしまうことになる。

比べる対象が出来てくると自分の中に「大変な私」が出来てしまうときがある。やっぱり私って大変なんだ。。。って。

人間だから仕方ないか。

「大変な私」とは人と比べてそのまんまの自分やそのまんまのわが子の価値を自分の中で勝手に下げてしまっているだけでいわば「幻想」なのだということに気が付かなければならないと思う。

なんだかんだ言っても

目の前のわが子はそのままで、
忙しい育児そのものがあって、
他人に様々なことを言われて色々感じる自分がいて、、

大変と思おうが、これで充分幸せと思おうが、現前の世界はそのままなのである。

色々気づきながらも、結局は淡々と目の前のことをしていくしかない。

障害のない赤ちゃんの成長を知ることについて

母子手帳には1歳になるまでの赤ちゃんの様子を1か月ごとに記録する欄があるのだが、
3-4ヶ月の頃の「首がすわりましたか?」や
次のステップの「おすわりをしますか?」
さらに9カ月にもなると「はいはいをしますか?」
「つかまり立ちができますか?」のなど項目は常に「いいえ」になっていた。

それと「見えない方向から声をかけた時に顔を向けますか?」や、
「家族と一緒にいる時話しかけるような声を出しますか?」系の質問の欄も常に「いいえ」だった。

へえ。この時期の赤ちゃんってそんなことができるんだ。。。それはさぞかわいいだろうなあ。すごいなあと思った。

曼荼羅サンキャッチャー水の波紋

普通の赤ちゃんが行く市の定期検診は意味がないと思って全く行かなかった。

障害のことで病院づくめだったし。

障害のある子が第一子で周りにも赤ちゃんはいなかったので
私自身「障害のない普通の赤ちゃんの成長」というのを全く知らないで育児していた。

今思うに、「障害のない普通のあかちゃん」の成長を知っておくということも大切なことだったんじゃないかなあとも感じる。

育児に悩みはつきものだが、その時に悩んでいることが「これは障害のない子供でもあること(育児ではよくある心配や悩み)」と「障害があるからこそある事」がわかっていたほうが楽だったんじゃないかなと思う。
もうごちゃごちゃだったから。

とは言えどその渦中で「障害のないあかちゃん」を知った時、わが子と比べる事になってしまって気持ちが下がることにつながってしまうことにもなり得るのかもしれない。うん難しいなあ。。。

通常の赤ちゃんの発達からはかなりの遅れをとってはいたが
それでも5ヶ月にもなると寝がえりを打てるようになったし、ずっと先にはお座りもできるようになったし。
ただ、(骨の形成上そうなってしまうのかなと思ったが、)左右のバランスが悪く、お座りしてもすぐゴロンとなってしまったり、すぐ反ってしまう癖がずっとあって抱っこがしにくい感じが続いた。

それでも1歳にもなると転ばずにお座りも出来ていたように思う。
お座りから立つ→歩く。までがかなり長かったが。。。

「もしかしたら出来ないかも」と医者にも言われていたことが「出来るようになった」時の喜びはひとしおだった。

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