失われていく大切なこと

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この記事で登場する金物屋で購入した鍋。

その1 魚屋で

今日の夕飯は鮭にしようと思い、アトリエのマンションの下にある魚屋へ魚を買いに行った。

60代くらいの元気の良いご夫婦の魚屋だ。

ガラスケースを見ていると、もう夕方だったのでケースの中の鮭が売り切れていた(ように見えた)。
奥にお弁当用の小さな鮭のパックがあったのでそれを買おうかなと迷っていたとこに魚屋のおばちゃんが出てきてくれた。

「うち家族三人なんだけど、この小さい鮭のパック三人で分けて食べようかな。」
いやーそれやったら分厚いほうが美味しいから。奥にあるから3切れ切るよ。うちの鮭は結構評判良くて遠くからわざわざこれ買いに来てくれる人もいてくれるんだよね」

で、冷蔵庫から鮭出してもらって切ってもらい、3切れ購入した。

アトリエから駐車場へ向かう途中だったのでパソコンに道具にといろいろ荷物が多いのでカートに荷物を入れて魚屋に行ったわけだが、「ねえ、あなたカート持つほどお年寄りに見えないんだけど・・」
「いや、荷物おもすぎて肩いたくなるからさー」
「あーそうかそうか。それは失礼。(鮭とお金の交換をしながら)ありがとうね。あめちゃんあげる。」

なぜだかここで買い物をするとアメをいただくのであった。そして必ず何らかしらんの会話を交わしてお魚を買わせていただいている。先程夕食に早速いただいた。分厚くてぷりぷりとした鮭の美味しかったこと!

その2 金物屋で

うちで使っていたケトルがもう20年近くになり、かなりの老朽ぶりだったのでそろそろ買いに行こう。と思い立った。
いつもなら、近くのスーパーバリュー(量販店)かニトリか。で購入するところだが、
先日行った八王子の商店街の古くからある金物屋へ行くことになった。
かますや

そもそも、この店を知った経緯は
前に鰹節削り器(かんな)が欲しいと思い経って、八王子の鰹節屋に行った際にここの金物屋を紹介されたのであった。

店のおばちゃんとおばあちゃんがニコニコ出てきてくれた。
店の中を見たら、ワクワクするような昔からの刃物道具や、台所用品、前から欲しかった彫刻刀やちょっとした彫金の工具までおいてあって驚いた。まるで合羽橋みたいだと思った。
彫刻刀品物

お天気の話から、私はこんな作業をしていてこんな工具をよく使って云々・・・といろいろな会話をお店の方をさせていただいた。
おまけに
彫刻刀の刃先を研いでくれる店まで紹介してもらった。

2つの話はあえてブログにするほどの内容?と思うかもしれない。

でも、この「お店の人達」との会話。というのが昨今とても貴重に感じたのだ。

はじめは何気ないお天気話しから始まって、道具屋なら自分の仕事内容(家事含めて)の話から道具の使い方まで話は発展していく。
魚屋の場合は料理の仕方というか美味しい食べ方を会話の中で教えてくれることもある。

また、その店の存在を近所の他店の人が紹介してくれたこと。というのも現在都市部では少なくなってきていることではないだろうか。

店側は生のお客さんとの会話でお客さんのニーズを掴むことができる。
お客さんも店で話したりまた冗談で笑ったりして商品を購入するというのは楽しい買い物経験だ。
お互いいいな。と改めて思った。

今、私の住む街も、旅行へ訪れた場所でも、実家でもどこへ行っても同じ大きな店が同じような顔をして軒並み並んでいる。
ユニク○、ニト○、ダイ○ー、、、

全国的にも商店街の衰退は著しく、キャッシュレス化も進み、しかも無人のレジまで登場した。

あくまでも商品とお金の交換だけが必要です。といった感じである。基本的にこういった会話はない。
そうすることが全て悪いと言っているわけではない。合理的で良い面もあると思う。

でも店の中で、商品を媒体として人と会話するということは失われている。確実に。

年配の方はこういった店でも店員を捕まえて(と言ったら表現悪いが)世間話しがはじまる人も多く見かける。

話すということはとてもとても大切なことなのだ。
核家族、ひとり暮らしのお年寄りの多いこの地域ではこの魚やさんの存在は貴重だと思う。

安いものが簡単に手に入る便利な世の中になったけど、大切なものが失われていっているように思う。

 

 

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