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作品・日々の観察・制作

ヨーギニサンキャッチャー

「今」を感じること

今の瞬間=例えば「いま」といっている瞬間でも「い」の長さ「い」と「ま」間の瞬間や、もっともっと0.000・・・秒の細かい瞬間に神がいるような気がする。

「過去」や「未来」を思考するのは頭の中だけで、身体自体は常に「いまここ」にしかない。

瞑想では呼吸に意識を集中させる。
一つ吸う長さも何秒かあるわけで、その一秒一秒ごとに(もっと細かい単位で)身体の中の血は流れ、細胞は活動しまくっている。
果たしてそれらの細胞たちを動かしているエネルギーは何なのだろうか。
非常に微細な話だ。

202105制作・七宝

去年2020年の緊急事態宣言が発令される前、
ジュエリーの仕事でお客様からスマナサーラ長老の「いまここに生きる」という小冊子を頂いた。

(頂いた小冊子の)内容は、
食事の支度をしているときでも皿を洗っているときも洗濯物をたたむときも、人と話すときでも散歩のときでも何をするときも、目の前の事に集中してそのものになりきりなさい。というものだった。

自らの手・心の動き・身体の温感・雑念・聞こえてくる音・すべてを最大限感じる瞬間瞬間を持つというものだ。

「マインドフルネス瞑想」ともいわれていて、雑念・過去(遠い過去もあればついさっきの過去もあると思う)にとらわれないで、自らが感じること(身体で感じる)に意識を集中させることそのものが「あるがままの現実」を感じて受け入れて行くことが出来てくる練習になっていくそうだ。

これは座って行う瞑想と同じ効果があって、「わたしが今何を感じているか」に気づいていくすごくいい方法だと思う。

先に細胞の話をしたが、「いま何を感じているか」は非常に微細な話なのだと思う。
頭でのおしゃべりを一旦やめ、頭よりも身体の細胞たちの意見を聞くようなことなのかもしれない。

ところで「いまここに意識すること」は赤ちゃんや子供は簡単にできている。

でも大人になると難しい。
なぜなら細胞たちがこれまでの苦い経験・思考が様々なものを覚えており、
「いまここに意識すること」を妨げているというのもあると思う。

この冊子を頂いたタイミングというのが今から思えば絶妙なタイミングだった。

その後緊急事態宣言が発令されたのちの連日のニュースや情報で私も少し不安な気持ちにもなった。

私も私なりにいろいろ感じることが多かった。
「~だったらどうしよう」と妄想の世界で不安になる。

妄想の世界で不安になることは意味のあることか?

今目の前に最大限に集中するということは、
「よけいな思考を外した状態」で、意識が妄想の世界や過去や未来に飛んでない状態のことだと思う。

それから別の側面で、「思考が現実化する」という考えがある。
果たしてそれは本当なのか?と日々試している最中だが、どうやら本当のようである。

感じることは現実化されるようである。引き寄せの法則とも言われている。

話がそれるが、私は夢を解読するのが昔から好きだ。(夢占いと世間ではいわれているが)
見た夢のそのものの状況が現実化するのではなく、その夢を見ている自分が「何を感じているか」が現実化する。

「思考」という言葉よりも「感じていること」と表現したほうが的確なのかもしれない。

では今何を感じているか。
その「感じていること」「意識」が現実化されるなら、常に豊かな意識で満たされていたい。
しかし、人間ならば誰しも現前する現状生活の中で不安・悲しみ・支配欲・絶望など「豊かさ」とは反対の意識も持ってしまう。

情報の溢れた時代である。

常にどんな時もMAXで「豊かさに満ちた意識」で有り続けるのはなかなか難しいことである。
また、「感じること」は「感じてしまうこと」でもあり、無理やり自分でコントロールしようとすると自分の中に不調和が生まれてしまう。

だからこそ日常いつでもどこでもできるこの方法、
ぐるぐる回る頭の中のおしゃべりをクリアにして今の瞬間に集中する練習はかなり有益なのではないかと思う。

  • 今自分に「できること」を淡々としていくこと
  • 「今」に集中すること
  • 湧いてきた感情に気づくこと
  • (イメージできる範囲で良いと思うが)最良のイメージをもつこと

余談だが、昔、OL時代の通勤時、駅のホームで電車を待つ間ふと、
「今の瞬間を感じてみよう」という気になりおもいっきりおもいっきり最大限感じてみた。

私は青いハイヒールにグレーのパンツスーツ。
目の前のキオスクに売られていた新聞の見出しには相撲の「小錦」の記事。
23歳のわたし。
会社に向かう駅のホーム。
いまこの瞬間。いまを感じている。わたし。
きっと何年も先になってこの瞬間のことを思い出す時があるんだろうな。

最大限「いま」に集中した瞬間のことは不思議と鮮明に覚えているようだ。
もう30年も前の話なのに。
でもこの瞬間のことはよく覚えている。

脳の中の仕組みを知りたい。と思った矢先に娘から「これ面白かったよ」と
「スマホ脳」アンデシュ・ハンセンという精神科医の方が書かれた本を貸してくれた。

「いま」に意識が集中していないと「物忘れ」がよく起こるそうだ。
少しの情報でも脳にとっては刺激となり、私の表現ではあるが脳の中の電気がつくことになるのだと想像する。

集中していないということは、いまやっていることの回路にももちろん電気はつくが、
他のたくさんの部分にも電気がついた状態となってしまうことなのだろう。

ということは
よく覚えている瞬間のことというのはその時の瞬間に最大限集中していた。ということになる。

スマホは便利なツールで私にとっても欠かせないものである。付き合い方を見直そうと思う。